イヌやネコたちと共に暮らす人々と100CLUBとの日々


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時代で変わるものと変わらないもの

時代の変遷を反映して、大衆音楽もあだ花のように咲いては散っていく。

昨夜まで、一週間も続けて藤圭子のCDを聞いている。
頭がおかしくなってしまったのではないかと家族も訝しく感じているのかもしれないが、何も言わないので調子に乗って繰り返し聞きまくっている。

ジャズとクラシックのCDで満杯のところに、何故、藤圭子のCDを持っているのか、自分でも不思議でならない。
そのCDを、ふた月ほど前、演歌好きの知り合いに貸したばかりだった。
今回の事件でお互いに顔を見合わせてしまった。

フランスのレジスタンスのシンボルだったジュリエット・グレコと日米安保条約反対運動の只中に、グレコを髣髴とさせる藤圭子の登場は、混沌とした時代の闇を一身に背負うかのごとき存在だった。
地獄の底から搾り出すかのような恨み節は、今の時代には似合わないだろう。
今どきは、ゆるきゃら全盛で、旬はきゃりーぱみゅぱみゅだろうけれど、世の中は一寸先は闇なのであって、いつ何時、藤圭子のような恨み節が流行ることになるか分かったものじゃない。

犬や猫たちの飼われ方も時代とともに大きく変化した。
それでも適正な食餌は変わりようがない。
by threewedge | 2013-08-31 17:29 | Comments(0)

犬にも猫にも美味しい革命

今年に入って何故か不思議な出来事が次々と巻き起こる。
秋田産の馬肉にたどり着いたいきさつについては、このブログに書きとめておいたのだが、その続編ともいえる出来事が起きた。

カリフォルニアのバークリーにあるレストラン「シェ・パニース」については以前コラム「小さな巨人」に書いた事がある。
「シェ・パニース」に行った際、オーナーの「アリス・ウォータース」から私の名前を入れたサイン入りの本をプレゼントされた。
その本はコレクションの一冊だったのだが、私が持っているより秋田の「シェ・パニース」ともいうべきオーナーシェフに差し上げるべきだと思い、つい先日お贈りしたばかりだった。

そして昨日、朝日新聞の書評欄に「美味しい革命」(アリス・ウォータースとシェ・パニースの人びと)トーマス・マクナミー著、早川書房出版、の書評が載った。評者は隈研吾(建築家・東京大学教授)だ。
アリス・ウォータースはアメリカの食文化に革命を起こし、そして確信へと深化させた偉大なオーナーシェフだ。
ここまで書けば、この先ご興味のある方は検索でお調べ願いたい。
私はすぐに「美味しい革命」を注文した。
「シェ・パニース」のレシピが満載だそうで今からワクワクしているのだが、早速この書評をコピーして秋田へも送った。

犬、猫の食餌だけれど、100CLUBもアリスの爪の垢でも煎じて飲まねばならないとも思っている。
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by threewedge | 2013-08-28 17:49 | Comments(0)

皆でパンツを脱ぎましょう

ヒトは、4足歩行から2足歩行に進化してケツの穴がまともには見えなくなって、後にパンツを履くようになったことで、めったなことでは他人には見せない秘部とされた。
つまり人間は秘密を持つようになった。
その時以来、ヒトという動物は、どうでもいいような余計なことに怯え、苦悩する生き方を背負うことになってしまったのではないか。

最近では、かつらやド派手な化粧も大流行で、秘密どころか詐欺じゃないかと思われるほどの顛末だ。

犬や猫をはじめ、人間以外のあらゆる動物はありのままの姿で、なんと言う潔さであろうかと、毎日犬のケツの穴を眺めては感動すら覚えている。
最近歳のせいか、煩わしいことに関わりたくはないし、要らぬ気も遣いたくない。出来るだけありのままの姿を晒していたいと願っているのだが、パンツを脱ぐと捕まってしまうだろうから、暑くて仕方なくても我慢するしかない。
もうちょっとの辛抱だ。
by threewedge | 2013-08-27 16:34 | Comments(0)

ペットという動物はいない

ペット、ペットと言うけれど、ペットという動物はいない。
犬や猫をはじめてとして、小鳥、熱帯魚などペットとして飼われている動物は限りがないが、同じ小鳥でも熱帯魚でもその種類によって餌にしても水温にしてもその管理の方法はまるで違うものになり、それを間違えばあっという間に死んでしまったりする。
この点においては植物にしても同じことで、あらゆる生命は、その生態に反する飼育をすればそれらの生命は危機に瀕することになる。
これまで事あるごとに言い続けてきたのだが、私はペットという言い方が好きではない。

今の時代、SNSというインターネットを駆使したネットワークが発達していて、100CLUBのホームページも10数年続けているのだが、最新のシステムに比べるとその機能がとても旧いのだそうで、これではHPを見に来る方が増えてはいかないのだ、と数社のHP製作会社の営業に言われた。
そこでどうすれば多くの方がHPを見に来てくれるのか、あの手この手の方策を実行するべきだという話しをいやというほど聞いたのだが、かれこれ2年過ぎても何の方策も採らないままでいる。

どうすればいいのか、いくら説明を聞いてもチンプンカンプンでどうにも話が進まない。
ただ気になる言葉が、検索のキーワードとして「ペット」なり「ペットフード」と入れておかねば検索しても100CLUBのHPが見つからないというのだが、どうしても「ペット」というワードは使いたくない。ここのところを頑なに拒むものだから話は一歩も進まない。
これから先どうなっていくのか分からないが、このまま最先端の商売のやり方から遅れていたとしても、そんなことはどうでもいい。

くどいかも知れないがペットという動物はいなのであって、犬は犬で猫は猫以外の何者でもない。
その思いはこれからも変わりようがない。
by threewedge | 2013-08-25 12:59 | Comments(2)

ある犬養いの話

家からショップへの往き返りにお客様でもあるSさんが、下半身に障害を持ってしまった愛犬ビスを散歩に連れ歩く姿をいつも見ていた。
胸が詰まる思いもしていたのだが、それ以上に、Sさんの病めるビスに対する介護の姿勢に敬服するばかりだった。
Sさんは私より数歳年上の女性だから、おそらく74,5歳になるのだと思うが、そのおばあちゃんが大のシェパード好きで、このビスも何代目かのシェパードになるのだと聞いている。

このような大型犬が下半身に障害を持った場合、寝たきりにしておいたならその寿命を永らえることは出来ない。
このように補助輪を装着し、前足だけの散歩でも外気に触れさせ歩かせることがとても重要な介護のポイントになる。
Sさんは補助輪をアメリカから購入し、毎日ビスを連れ歩き完璧な介護を続けたのだ。

そして、およそ半年前にビスは逝ってしまったのだが、Sさんはビスの生前から柴犬を飼い始めていて、今は「大ちゃん、大ちゃん」とその名を呼びながら毎日いつものように犬と散歩をしていて、週に一度くらいショップに見え「大ちゃん」のご飯を買われていく。
昨日、ようやくビスの写真を持って来られたので、早速紹介させて頂いた。

Sさんは
「大ちゃんが元気なうちにぁ、あたしゃぁ死ねないよぉ。がははっぁー」
と大口を開けて豪快に笑う。
私は、陰でSさんに「がはは本舗」というあだ名をつけているのだが、犬養いとしての立派な姿に対しては最大の賛辞を捧げたいと思っている。
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by threewedge | 2013-08-18 19:44 | Comments(0)

イルカは海に住む犬

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昨日に引き続きイルカの話になる。
イルカの祖先は、海から陸へ上陸し進化する過程において、再び海に帰っていった肉食系哺乳動物で、海へ戻ってからも進化を続けて現在に至っている。
イルカだけではなく、海に生息する鯨などの哺乳動物はすべて同様な進化の過程を経ている。

そのようなわけで、イルカはきわめて犬に近い生態、能力を持っている。
犬のトレーニングに使われる犬笛(ドッグ・ホィッスル)は、イルカの調教にも使われている。
つまり、イルカは海の犬なのだ。
イルカショーで涙する理由が自分でもよく分からないのだが、犬キチだからこそ、イルカのけなげな仕草が琴線に触れるのだろうとは思っている。

大方の犬は泳ぎが上手い。
しかし所詮は犬かきで、常に頭という顔を水面上に出したままで泳いでいる。
これが、イルカのように水中にもぐり、なおかつ魚でもくわえて水面に顔を出すような犬がいたら、これは面白い。
そういうことが出来るように犬を調教できたとしたら、世界のビッグニュースになるだろうと妄想を巡らしたりもしている。

水遊びが大好きなケルピーのレック。リンク先のブログの映像です。
by threewedge | 2013-08-12 17:57 | Comments(0)

一緒に泣きまショー、ツアー募集

ブログを書き続けるということは、どうしても自分をさらけ出さざるを得ないわけで、今日も、あえて恥を喋らなくてはならない破目になってしまった。
それは、水族館のイルカのショーのことだ。

これまで、随分あちこちの水族館に行ってみたが、イルカのショーがあるところでは、見なくてもいいと思うのだがついつい見入ってしまい、どうしてかそれを見ていると涙が溢れてきてしまう。
ある時、連れの一人が私の隣に座ってショーを見ていたのだが、ふとその横顔を覗くと私以上に涙をぽろぽろ流していた。
また最近、青森県の浅虫水族館の、年老いて引退していた老イルカが4~5日間の期間限定で復活の舞台を踏んだ話しをTVのドキュメンタリー番組で見ていたら、毎日水族館に通い、老イルカを再訓練をしているところから追っかけている人がいて、毎回私のようにぽろぽろ泣いている姿が紹介されインタビューを受けていた。

私だけではない。
少数ではあるのだろうが、水族館のイルカショーに涙する人が間違いなく存在することは明らかだ。
これがオットセイとかアザラシのショーでは何故か泣けない。
イルカでなければ泣けないのだ。

このブログを読んで、自分もそうだ!という方がいらっしゃったら是非ともお知らせ願いたい。もし同士が集まったら水族館イルカショーツアーを企画したいと思っている。
皆さんが揃えば恥ずかしくはないだろうから、思いっきり泣けると思いますよ。
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by threewedge | 2013-08-11 16:35 | Comments(0)

「のらくろ」が最初の出逢い

とんでもなく高いハードルが待ち受けていることを承知のうえで、たった一人で茨の道を走り始めてから15年経った。
厳しいことは想定していたことだが、それにしても過酷な道程だった。
途中、たった一人で走っていたのに、振り返るとぞろぞろとランナーが増えて、痩せ馬の先走りを絵に描いたような始末で、老骨に鞭を打っても容易にスピードが上らない。
それでも完走することだけを目標に懸命に走り続けようと思っている、そんな今日この頃だが、それにしても今日は暑い。

熱中症気味の頭から不思議なことが思い出された。
夏の暑さでは、埼玉県の熊谷が日本一だと自慢していたところ、ここ最近では群馬県の館林がそのトップの座を奪ったようだ。
その館林には親戚があって、子供の頃にはよく遊びに行っていた。
商売は提灯屋で、提灯に筆を走らす叔父の姿を飽かず眺めていたことが忘れられないのだが、その仕事場の壁に大きな「のらくろ」の水墨画が掲げてあったことも今もって忘れられない。
漫画のようなユルキャラの「のらくろ」ではなく、豪快な筆致で描かれた、まるで白隠の達磨のような趣の作品だった。
私が物心ついたころ、最初の漫画との出逢いは「田川水泡」の「のらくろ上等兵」だった。「のらくろ」とは黒い野良犬ということで「のらくろ」なのだが、現実に犬と暮らし始めたのは純白のスピッツだった。

叔父から聞いたおぼろげな記憶では、田川水泡は叔父側の親戚筋にあたり、まだ漫画で食えない時分、提灯書きを手伝っていたことがあるのだそうだ。
今の人には田川水泡がどれほどの漫画家か見当もつかないだろうけれど、田川は世田谷区桜新町のシンボルとなっている「サザエさん」の長谷川町子はその弟子にあたり、手塚治虫のひとつ前の時代の漫画界の旗手だった

これからは、最初に出逢った犬はスピッツではなく「のらくろ」だったと言い直さなくてはならない。
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by threewedge | 2013-08-07 18:21 | Comments(0)

ドイツ憲法「動物保護法」について

老眼鏡まで買い込んで、ドイツ憲法の「動物保護法」を読んだ。読むところから忘れてしまうので、読み進んでは元に戻ることを繰り返すため10日以上も費やしてしまった。
今、日本国憲法の改正問題が喧しくも聞こえてくるが、改正憲法に「動物保護法」が新たに付加されることなど、私の眼の黒い内には間違ってもないだろう。

日本では「動物の愛護及び管理に関する法律」が定められている。
その目的や内容についてはドイツの憲法とその趣旨に大きな違いはない。
しかし、憲法と法律では大分意味が違う。
ざっくり言うならば、憲法はその国のあり方を示し、あまねく国民に基本的人権を与え平等であることの権利を与えるものである。
法律は憲法をベースにして、我々国民に対しルールを決め規制し、それを犯すものには罰則を与えるものである。

ドイツでは「動物保護法」を憲法に定めたということは、動物に人間と同様な権利を与えるということなのだろうか。
ちゃんと読まなくてはならないと思ったのは、この点において興味を持ったからだ。

その結果、ドイツにおいて「動物保護法」が憲法にとりあげられている基本精神は、私流の解釈によると、「人間は、飼養されている動物、自然に生息している動物など、あらゆる人間以外の動物に対し、人間としての尊厳をもって徹底して適正に扱い、優しく接しなければならない」と、人間としてあるべき理想像をドグマ(教義)として憲法に掲げたのだと考えられる。
決して動物に権利を与えたものではない。

西欧においては「自己懐疑」の精神が、大人と子供を分ける物差しであるという考え方がある。
自分の言動は、常に間違っている、あるいは間違っているのではないか、という疑いを持てるか持てないか。他人に誤りを指摘されるのではなく、過ちを犯すに違いない自分を意識することが大人の資格だという考え方で、教会での懺悔もそのような考え方を形にしたものと言える。
「自己懐疑」の精神を美徳の一つとしている事は、人間とはそれほどきれい事ではないことを前提として、動物に対して何をしでかすか解らない人間の本性を見据え、あえて憲法にあるべき理想を謳ったのだと思う。
そうでもしなければ、動物と共生している人間の存在も危ういものになってしまう恐れが十分考えられるからに他ならない。

犬、猫の飼養に深く関わっている立場からすると、100CLUBのメンバーの皆様が、如何に人間としての尊厳に満ちている方たちなのだろうかと思わずにはいられない。
by threewedge | 2013-08-02 13:33 | Comments(0)