イヌやネコたちと共に暮らす人々と100CLUBとの日々


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炭水化物を抜いて10日間

炭水化物を止めてみる、と言ったのが今月20日のことで、その日からこれまで我が家では米を炊いていない。無論、パンも買い求めてはいない。
しかし、二つの大きな問題が起こって、正直、100%炭水化物を抜いているとは言い切れなくなってしまった。

一つの問題は、炭水化物を抜くことを宣言した自分の体が、慢性腎不全の障害者であることをすっかり忘れていたことである。
そもそも、腎臓がいかれてしまっているのだから、リンとカルシウムを適正にコントロールできない身体なのだ。魚も含めて肉類を多くとらざるを得ない食餌ではリンが増え、そうすると自分の骨を溶かしてコントロールするしかないため、このままだと骨粗しょう症になってしまうのだ。
血液検査の結果、リンの数値が大幅に危険なラインを超えてしまった。
今、数値を下げなければならないため、必死で大量のカルシウムサプリメントを飲み始めるような始末になってしまった。

もう一つの問題は、この宣言を知っている、ショップにみえるお客様だったり、周りのものたちが、何とかこの実験を止めさせようと思っているようで、あの手この手で美味しそうな炭水化物を目の前に差し出す、いわば「止めさせ隊」が出現したことである。
クリスマスというハードルもあり、もうすぐ正月で、とんでもなく高いハードルが待ち受けている。
なので、100%炭水化物を抜くことは困難極まりないところがあるのだが、何とかここに披瀝できるくらいの結果が出るまでは続ける決意でいる。

そんな状態であっても、これまでより確実に70~80%、炭水化物摂取量は減っているし、体重は2Kg落ちた。
腹の加減もすごく軽くなっている感じで、炭水化物を抜いた効果ははっきり表れている。
あとは来年のお楽しみということで、正月のちょっとした我慢から新たなスタートということになる。
by threewedge | 2013-12-30 18:50 | Comments(0)

犬はかすがい

一年間、このブログを書き始め、また途中からフェイスブックもスタートしたのだが、そのことによって、何事かを発信する意味合いより以上に、自身のものの考え方に大きな変化がもたらされていることに気付かされることになった。

それは、つたない言葉ながらもそれを書き続けることで、誰ということでもないのだが、どこからかの反応がこちらに伝わってくるところがあり、その反応が自身に新たな考えや思いを呼び起こすことにつながっていると感じるからなのだ。

100CLUBのスタートの動機は、犬や猫たちの食餌の劣悪さに憤りを感じて、そんな食餌を与えていれば大切な命が確実に危険にさらされるではないかと思い、適正な食餌は馬肉でありRaw Foodであることを提唱し商品化に踏み切ったのである。
誰もそんなことを言っていた者はいなかったのだから、そもそもそれが商売になることなど考えもしなかったのだ。
当時は本業があったればこそ、犬バカの道楽という側面があったのだと思っている。

その道楽に熱が入って、単に馬肉を提供することにとどまらず、今では定番となっているサプリメントの開発も手掛けることになったのだが、それを続けているうちに、その商品を良しとするお客様が予想を超えて、そこそこ世に広まることになった。
そこから10数年、何が変化したのかといえば、100CLUBのお客様は、単に犬や猫をペットとして飼っているのではなく、その方々の人生、生活、生きざまその全てに犬や猫たちの存在が濃密にかかわっていることを思わず知ることになったことである。

すでに死語となったことわざかも知れないが「子はかすがい(鎹)」と言うけれど、現代では「犬や猫がかすがい」と言って差し支えない様相を呈していることに疑いはない。
先に述べたとおり、ブログやフェイスブックというコミニュケーション・ツールによって、お客様と100CLUBとの間に新たに生まれた関係は、単に馬肉などの商品を販売することにとどまらず、犬や猫たちと共に暮らす生活、そして人生が、如何に健全であり豊かであらねばならないか。そのためには、種の違う動物とどのように共生していかねばならないのかという課題に深くかかわっていかざるを得ない立場であることを痛切に感じることになった一年だった。

100CLUBは単なる馬肉屋ではない。
そうであるならば、その存在の意味は何なのか。
新たな年に向けて、そこに期待されているものが何かについて、改めてしっかりと自覚し学ばねばならないことを心に刻みつけることになる一年であった。
by threewedge | 2013-12-29 13:04 | Comments(0)

別れが残してくれるもの

一昨日、「…100の子たち」の「アッシュ」ちゃんが旅立ったことを、ショップにみえたオーナーのHさんから告げられた。
12月6日のことだと話された。17歳だった。
Hさんご家族の、犬たちとの暮らしぶりを知るものとして、お悔やみを述べるにとどまらず、このたび、人と犬たちが共に暮らすことの重大な意味を感じた。

そして、昨晩、Hさんからメールが届いた。
ご了解いただいたうえで、Hさんのメールをそのままご紹介させていただく。

・・・・・・・・
お花を手向け、今日はいつもよりも大きめの音量でマーラーの5番をかけてやりました。
思い出話をするにはまだ日が浅く、過去形で話すことの違和感が、自然と無口になってしまうようです。
しかしこの世は変化を楽しむところであると言い聞かせ、必要以上に嘆き悲しむことは自分に禁じています。

馬肉に出会えたおかげで命の全てを生ききったのだ。
全生をまっとうしたのだ。
そして魂は不滅であるからして、元気が戻って、すでに部屋中を歩き回っている姿が見えるようです。

下の犬が、ぐっと大人っぽくなりました。
やはり、いつまでたっても犬には教えられてばかりです。
・・・・・・・・

「アッシュ」ちゃんは、格別な良き飼い主さんに恵まれて、その恩返しに、たとえようもない大切な贈り物を残したのではないかと思うし、私たちに対しても大きな感動と教訓を与えてくれたと感じている。
by threewedge | 2013-12-28 17:33 | Comments(0)

犬はグルメではない

米、パン、砂糖抜きの食事を始めてから、一週間くらい過ぎたと思う。
なので、劇的に何かが変わったというほどのことでもないのだが、腹の膨張感がなくなったような気がする。
毎月血液検査をやっているので、今後3ヶ月間の推移を見てみようと思っている。
主治医にも炭水化物抜きを実践していることを告げたところ、北里大学の山田教授の炭水化物抜きの食事の講演を聞いて感動したと話していた。

ただ、先日の天皇誕生日でのメディア報道を見ていたら、如何に天皇様と米が密接につながっているかということを改めて感じ、こんなことをやっていることは相済まないとも思ったが、あくまでも実験であるのだし、それが健康上好ましいという結果が、数値として明らかになったとしたら、特に若い方々には「炭水化物が人類を滅ぼす」の一読をお奨めしたいとも思っている。

世の中には、肉食を忌み嫌う人たちも多くいるし、青汁ばかりで生活している人までもいる。人間の場合、「食」は健康上の問題だけではなく欲望をもっている。
最近では、グルメと呼ばれる大変「食」に貪欲な人たちが多く、TVやWEB上でもグルメ情報で溢れんばかりだ。
自分も人間の端くれで、相当に食い意地のはっているほうなのだから、そのことについていちいち文句をつけるつもりはない。

しかし、ほんらい犬は「食」に対して美味いとか不味いとかの感覚をもってはいないはずである。それなのに、犬を擬人化するあまり、健康、そして生命にもかかわるであろう「食」にまで人間の欲望を刷り込むようなことになってしまった。
ポール・ヴァレリーは
「動物は無駄なことはしないから、死について考えることもない」
という言葉を残している。

人間と犬との決定的な違いは、「死」に対する怖れをもっているかもっていないかの差なのではないか。
人間の罪の根源は「死」に対しての怖れであり、その避けがたい事実を知ってしまったことが人間の悲劇のはじまりで、その恐怖から抜け出すことは、個人的にはあり得たとしても国家社会ではむしろ増幅される。
したがって、世界平和は理想というか、もはや妄想に過ぎない事態が最近起こりつつあるような、どうも嫌な予感がしてたまらない。
by threewedge | 2013-12-25 19:13 | Comments(0)

犬たちは己を映し出す鏡である

クリスマスイブに、兄チルチルと妹のミチルが幸せの「青い鳥」を探しに冒険旅行をする、この戯曲を書いた、ノーベル賞作家のメーテルリンクは無類の犬好きとしても知られている。
平岩米吉も著書「私の犬」の中でメーテルリンクの著書「私の犬」のことを書いているが、その中の言葉の一つを紹介したい。

「融和できる、疑いの余地のない神、明白にして決定的な神の存在を見いだして認めた唯一の生物が犬なのだ。この動物は、自己の最良の部分を、何に捧げればいいのか分かっている。自分より上の、いかなる存在に献身すべきなのかを知っている。犬にとっては暗闇やらうち続く嘘のなかに、憶測やら夢物語のなかに、完璧で、卓越した、広大無辺の力を探し求めることなど不要なのである」

この言葉を解説する必要などないかも知れないと思うのだが、念のため解釈を加えておく。
これは、やりきれない程の暗闇に生きる宿命を持った人間と、何の疑いもなく神の存在を認め従っているかのような奇跡のごとき純粋な犬とを相対して表現したものだ。

もう一つの言葉を引用する。

「犬とは、人間が、純粋の愛の支えとするために、あえて地上の被造物から選び出した動物なのである」

洋の東西を問わず、人間が犬への思いを書きつづった言葉は限りない。
そして、その限りない言葉を集め一冊の本を書いてみても、そのことによって何も解決はされないし、犬たちがいつまでも私を驚かせ続けるであろうことが、私には分かっていると、犬ものがたりを書いた歴代の著者たちが口を揃えて言っている。
犬ものがたりは動物学に留まるものではなく、犬たちの観察を通して、愚かに過ぎる自分という人間が映し出されることになるはずである。
そうでなければ、犬たちと暮らす妙味は半減するに違いない。
by threewedge | 2013-12-22 15:18 | Comments(0)

炭水化物を止めてみる

普段、本は通販で買っていたので本屋に行くことは少なくなっていたのだが、今回、畏友から勧められた「炭水化物が人類を滅ぼす」を探しに、一年ぶりに本屋に行った。
行ってみると、本の虫病が一気に再発し、結局、余分な本まで買い込むことになって、この一週間読書に熱中してしまった。
通販で必要な本を買うのと、本屋で様々な分野の本やら雑誌が並んでいるものから興味のあるものを選ぶ楽しみとは、まったく違う世界であることを改めて知った。それは実に楽しい時間だった。

ところで「炭水化物・・・」は、単にダイエットのハウツー本ではなく、グローバルな食文化の歴史にも科学的見地から考察を深めていて、仮設ではあるけれども納得できる内容であった。
日本だけの話にとどめるが、農耕が始まる弥生時代のはるか以前にまで遡るならば、小麦、米を食べているわけではなく、どんぐりなどの木の実や川辺や海辺の魚介を食としていたし狩りもしていたのだから、炭水化物は食していなかった。
したがって人間の食性は穀物を食べる必要もなく、消化器官も肉食に適応した構造になっているというのだ。
圧倒的に生産効率が高い小麦、米などの穀物は、灌漑施設の建設が可能になり、水の供給がコントロールできるようになったことで爆発的に拡大し、4大文明の成り立ちの源となった。
そして、パンや米は、それぞれの国において神の恵みとしてあがめられる存在ともなった。

そうであっても、そもそも人類の食性にはそぐわない食であることには変わりなく、その弊害が、肥満や糖尿病の蔓延につながっていて万病の元だと説く。
実は、自分でも実験的に炭水化物抜きの食事に切り替えてみた。犬と違って馬肉ばかりという訳にはいかないが、ひたすら炭水化物を避けてみて、体調がどうなるか試してみようと思っている。
これまでは、どちらかといえば草食男子だったと思うのだが、これから先は肉食男子ということになる。
この歳で何をぬかしているのかと哂われるのがオチかも知れない。
by threewedge | 2013-12-20 15:46 | Comments(0)

炭水化物は犬や猫を滅ぼす

師走を迎えて、人並みに仕事が立て込んでいたところ、新聞で週刊誌の広告を見ていたら、そのタイトルの一つに「犬猫大量死 日本上陸 猛毒ペットフード」とあるので驚いた。
早速、その週刊誌を買い求めて読んでみたところ、それは10月22日に、米国食品医薬品局(FDA)が行った発表で、中国産のペット用ジャーキーを食べた米国内の犬と猫、約3千6百匹が病気にかかり、そのうち5百8十匹が死亡したという問題を取り上げたもので、そのことなら、このブログにも書いたような覚えがある。
そもそも07年には、米国で販売されていたペットフードが6千万点もリコールされた事件が起こって、その時も中国製の化学薬品が原因とされ、ほとんどのペットフードメーカーの商品がアウトだった。

また、その日に畏友のOさんから「炭水化物が人類を滅ぼす」という本が出たことを知らせるメールが届いた。そして、それを読んでの所感を求められた。
このところ、犬めぐりの旅を始めようと、関係する書物を山ほど机に積んで読み漁っていたところだったので、ちょっとしんどいとも思ったのだが、早速その本を取り寄せることにした。
まだ読んでもいない内にこの話をするのはどうかとも思ったのだが、Oさんは「炭水化物が犬や猫を滅ぼす」という私の持論を耳にタコができるほど聞き知っている方なので、それに引っ掛ける意味もあって、このようなタイトルの本をわざわざ知らせてきたのかも知れない。

そもそも炭水化物とは、つまり糖質と食物繊維のことを指すのだが、この成分を過剰に摂取することが身体に悪影響を及ぼすことは自明だと思う。確かに日常の食生活を見直してみれば、如何に炭水化物を過剰摂取しているかと思い至る。
米、パン、麺類、そして何よりも砂糖。美味しいケーキなどは炭水化物の塊のようなものだ。
人間は食に欲望があるため、このような炭水化物をてんこ盛りで食べまくっているのだから、身体をぶっ壊すことになるのは必定で、それは我が身で体験済みだ。
犬や猫は偉いもので、人間のように食に対する欲望はない。相当腹が減っていてもジタバタすることもなくじっと我慢をしている。食い意地が張っているようなところもあるが、溺愛が過ぎて、本来必要ない炭水化物を人間が与えたために、それを無性に欲しがるようになってしまったのだ。

ところで、ペットフードに含まれる炭水化物は必要カロリーの60~70%で、雑食性の人間でも50%以内にとどめることが推奨されているのに、肉食動物に何という残酷なことをするのだろうか。
こんなことを長々と書いているうちに、悪い癖で、また頭に血が上り血圧が上がってしまった。
by threewedge | 2013-12-11 15:57 | Comments(0)

歴史の中の犬めぐり旅を始める

ひとつのエピソードを引用する。

ドイツで、ユダヤ人戦争捕虜となって森林作業班に入れられたエマニュエル・レヴィナス(哲学者)は、そのあまりの過酷な環境の渦中、「看守はおろか、通りすがりの人々にとっても、自分はもはや人間に属していないのだ」と悟った。
ところが一匹の迷い犬がやってきて仲間に加わったという。
疑いの余地なく「この犬にとって、われわれは人間であった」のだった。

この話のように、犬は人間をひたすら信頼し親しみを寄せる、おそらく唯一の動物である。
一頭でも、また二頭であっても、その犬たちほど、私を信用している私以外の人間も動物もいない。言い方を変えれば、あなたの飼い犬ほどあなたに対し無垢な信頼を寄せている人間も動物もいないということになるのだが、つまり犬という動物は人間にとって疑いもなく己を信用してくれる唯一の存在なのである。

人と犬との付き合いの始まりは、およそ3万年前くらいと言われている。
そして、人と犬との物語が言葉で表された最初が、先日このブログに書いたホメーロスの「オデュッセイア(ユリシーズ)」で、紀元前8世紀なのだから、それ以来現代にいたるまで3000年近くも、人間と犬との物語は様々な人たちによって連綿と紡がれ続けてきた。
それは言葉だけでなく、絵画や宗教の成立要素としての役割まで担ってきた。

私自身、もの心がついて以来、犬のいなかった生活の体験はないのだが、何でそれほど犬に魅かれるのか、その理由について深く考えたことはなかった。
犬の飼育に熱中してきた体験上、どうすれば犬を健康に育てられるのか、ということだけは誰にも負けない自負を持っている。しかし、犬と自分との関わりの根本的理由について考えることは自己を分析することと同じことになるのだろうから、むしろ目を背けていたいところでもある。

このところ、そのようなことで悶々としていたところ、いっそのこと数多な先人の犬との物語を読み漁り、ここに披瀝し雑感なりを書き綴っていくことで、どうして人間は犬を飼うのだろうか、という答えがおのずと導き出されるのではないかという思いに至った。
by threewedge | 2013-12-02 19:09 | Comments(0)

犬が、ただならない存在になってきた

犬・猫の食餌については革新から確信に至って、あとは如何に品質の向上を目指すか、そして安定供給を維持できるかという段階になってきていると思っている。

そうなると、今後のライフワークとして旧来の課題であった「人間はどうして犬を飼うのか」ということについての考察を進め、その過程と結論を自分なりに取りまとめておこうと考えた。
自分の能力ではとても叶わない課題であることは承知のうえで、このようなインターネットで、ほぼ毎日のように恥をさらしているのだから、恥のかきついでに躊躇なく取り組んでみようと思っている。

これまで読み漁ってきた犬がらみの書物は欧米の著者によるものが大半だった。
国内の著作物に関しては、平岩米吉以外に思い浮かばないほど少ないのだが、それは、犬の事を文学なり科学なりでまともに捉える者がほとんどおらず、断片的な扱いしかされてこなかったせいだと思う。
平岩米吉は歌人でありながら犬キチで、犬のことばかりに関わる本を多数出版しているのだが、そのことで嘲笑を受けていたところもあり、動物文学というジャンルがあってもいいのではないかと主張し動物文学協会なる団体を立ち上げたりもしたのだが、大きな実績を残したとは言えない。

いま日本では、犬の存在の意味が一昔前とは大きく変化している。
すでに犬の存在は、人間の存在そのものにも重大な示唆を与えているのではないだろうか。
この点については、英、仏、独において、はるかに先進的に、人間にとって犬とはどのような存在なのか深い思索がなされている。
当然そのような思索には、日本人にありがちな情緒的に犬の存在を捉えるのではなく、哲学、文学として深い洞察力をもって語られている。
これからは、この場にそれらの言葉を紹介し、その含むところを学んでいこうと考えている。
by threewedge | 2013-12-01 15:42 | Comments(0)