イヌやネコたちと共に暮らす人々と100CLUBとの日々


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一か月で3Kg痩せた

馬鹿だから風邪などひかないと思っていて、予防のワクチンも打ったことがないのだが、一週間前からインフルエンザにかかってダウンしてしまった。何十年ぶりになるのだろうか、風邪で寝込んだ記憶がない。

ところで、炭水化物を抜いた食事からおよそ1か月経った。
といっても、従来の食事から7割くらい炭水化物が減ったという感じで、どうしても外食になると炭水化物をまるっきり抜く訳にもいかなくなる。
はじめのころは若干食事に神経質になっていたのと、リンの数値が上がってしまったので、そのコントロールに気を使ったが、それも克服したので今では食事に気を使うことなく、自然に炭水化物の摂取が少なくなってきている。
ちなみに我が家では、この1か月の間、飯を炊いたのは一日だけだった。

そこで、これまでの経過報告をすると、まず、体重が3Kg減った。3ヶ月で5Kgを減らそうと考えていたので、1か月で3Kgの減量とは少し驚いている。もうちょっとストイックに炭水化物をすっぱり抜いていたとしたら1ヶ月で5Kgの減量は可能だったかも知れない。
血液検査の結果も、若干尿素窒素の数値が増えたくらいで、ほぼ問題はない。

それにしてもずいぶん身体が軽くなって、階段を上るときでもこれまでのようにしんどくなくなった。これで春になって、あと3Kgも減ったなら、軽くジョギングでも始められるのではないかとまで思った。
ただ、時折無性に腹が減る。ずいぶん腹いっぱい食べたと思うのだが、2~3時間すると腹が減ってくる。
これは、炭水化物は消化時間がかかるため腹もちが良く、炭水化物を抜くことで消化時間が短く済むため空腹感を感じるのではないかと思われる。
消化という作業は身体の中で行われるわけで外からは見えない。見えないからその作業の大変さの様なものは感じず、ただ胸が焼けるとか、もたれるとかいう現象のみを感じているのだが、欲にまかせて雑多な食料を腹に押し込んだあげく横になっていびきをかいて寝ていたとしても、胃腸は長時間大変過酷な仕事を強いられているのだ。
その過酷な長時間労働が様々な疾病を招くことになるのではないか。そういう気がする。

私は肉食動物である犬のために、私自身が肉食を体験することで炭水化物の害を正そうとしているのだが、少なくとも私の体調は良くなってきている。
by threewedge | 2014-01-31 12:29 | Comments(0)

ドキュメント「Born FREE」

映画「野生のエルザ」は、アカデミー音楽賞にもなったその主題曲も素晴らしいもので、数ある動物を扱った映画の中でも傑出した名画として鮮明に記憶に残っている。
昨夜、BBC制作、デイビット・アッテンボローによるドキュメントをみた。事実は小説より奇なりというが、事実を映画化したものであっても、そこに表わされたものはどうしても美化されたものにならざるを得ない。

このドキュメンタリーは、原作「野生のエルザ」(原題Born Free)を書いたジョイ・アダムソン亡き後、夫のジョージ・アダムソンの追憶をテーマとした作品である。
ケニアでライオンと共生する実話「Born Free」が映画化され時の人となったジョイは、そのライオンに噛み殺されたかのような偽装工作をされ、解雇した雇用人に殺害される。そしてジョージもまた、ライオンと共生することを危険視する住民とのトラブルがもとで殺害されてしまう。

ナチュラリストとして、ライオンをはじめとする肉食動物の保護を目的として、家族同様に飼育を実践し、今度はそれを野生に戻すというはなはだ困難な課題に命懸けで挑戦する姿は、奇跡のような愛情に満ちた行為であり、同時にその愛に呼応し、まるでペットの犬や猫のような態度で、ジョイやジョージに甘えるライオンの数々のシーンには目を見張るものがある。

それでも人口爆発によって、ライオンが自由に暮らせる生息範囲が急速に狭められ、人間とのトラブルが激増するようになる。
ロシアのアムールトラや、オオカミなどと同様に、今やほとんどの世界で肉食動物は絶滅の危機に瀕しているのが実情なのだ。

アダムソン夫妻は、肉食動物を危険視する人間と、肉食動物とも共生できることを証明し保護しなければならないという立場で闘った。そして獰猛と思われているライオンによって命を落としたのではなく、人間によって夫妻とも殺害されてしまったのだ。
映画「野生のエルザ」その後の物語は、かくのごとく壮絶な悲劇で幕を閉じることになったのである。
否応なく、様々な思いを想起させる示唆に満ちたドキュメンタリー作品であった。
by threewedge | 2014-01-22 17:34 | Comments(0)

ポール・ゴーギャンと犬

これまで腹にしまっておいた事を、どうしても話してしまわないと苦しくなってきたのでひんしゅくを恐れず話してしまうことにした。

それは2009年の夏の日のことだった。
国立近代美術館に「ポール・ゴーギャン展」を観に行った。
これまでゴーギャンの作品は何回も観ていたが、このときは遺書ともいわれ畢生の名作である「われわれは何処から来たのか われわれは何者か われわれはどこに行くのか」が展示されることに、居ても立っても居られない気持ちになっていた。
ところが私は身体障害者で、スーパーマーケットを押し車を使いながら一周するのが限界なくらい歩行が困難なのだ。もし会場が込んでいたらまともに絵の鑑賞などできないかも知れないとも思ったのだが、どうしてもこの絵だけは観ておかねばならないと意を決して出掛けることにした。

会場に着くと予想通りの混雑だったのだが、会場の入り口に車椅子が備えられていることに気が付いた。これは有難いと思い、障害者の手帳を提示して車椅子を使わせてもらうことにした。
車椅子を押すのは息子なのだが、息子も自分も、車椅子を押しなれていない者と乗りなれていない者なのだから、会場を廻るのに右往左往するところもあったのだが、ついに目当ての作品の前にたどり着いた。

自分の生涯、おそらく直接この作品に出会えるとは思ってもいなかった夢のような瞬間だった。作品の横幅は4メートル近くあり、縦は1・5メートルもある大作で、この作品を車椅子で観るには非常に不都合な位置取りにしかならず、どうしたものかとたじろいでいたのだが、親切な方がいらっしゃって作品のど真ん中に誘導された。
ところがそうなると、展覧会の目玉となる作品のど真ん中に位置取ってしまった車椅子が、大勢の鑑賞者にとってとんでもない邪魔な存在になること必定だ。
本心は、いつまででも立ち去りがたく作品に魅入っていたい。反面、他の鑑賞者を邪魔してはならないという済まない気持ちでもある。ところが、この混雑の最中、車椅子では思うような動きが取れず、結果的には2~30分もこの大作のど真ん中にいて、なんら思い残すことがない程くまなく鑑賞することが出来た。

腹にしまっておきたいと思ったのは、普段、障害者ということ自体、社会に対しとんでもない迷惑をお掛けしているという自覚をもっているのだが、その日の出来事は、障害者であることによって特別の恩恵を受けることになってしまったことに対する後ろめたさが消し難く残っていたからなのだ。これで少し気が楽になった。

ここで、ポール・ゴーギャンを語るつもりはないが、一つだけいうならばゴーギャンの作品には頻繁に犬が登場する。
そこにはゴーギャンの思想、死生観に根差した深い意味が込められているのだ。

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by threewedge | 2014-01-20 15:29 | Comments(0)

ひたすら続けることの意味

100CLUBは創業16年を過ぎたのだが、これまで一切、宣伝広告というものをやったことがない。HPにしても、ただただ孤立した立ち位置で10年以上もコツコツ続けていて、普通ならもう少しマーケティングに活用する術もあるのだろうとは思ってはいるし忠告も受けている。

このブログも、またフェイスブックにしても、それを続けることの意味合いが良く分からないし、その機能についても理解が出来ていない。
特にフェイスブックでは、「いいね」といっていただいた方にどのようにお礼をしていいのかも分からないので、誠に失礼な対応になっているのかも知れないと思いつつ、100CLUBの真の姿を何とかお伝えしたいという一心で続けている。

しかし、分からないままでもここまで続けてくる内に、何となく、ああそういうことだったのかと、納得する部分もある。
今日初めて、フェイスブックで、お客様のフェイスブックの画像に面白いものがあったので恐る恐る「シェア」というところを押してみた。
そうした途端に、お客様のフェイスブックの画像が100CLUBフェイスブックの画像に移ったので驚いたし感動すらおぼえた。

こんなことを言っていると笑われるかも知れないが、ことほど左様に、このインターネットに関わる分野について無知であり、これから易しく解説されたとしても多分分からないままであろう。
それでも、このようなツールは宣伝ということではなく健全に活用しているのであれば、お客様とのより一層の友好と、犬・猫育ての参考になるのではないかと、ようやく気付き始めた。
by threewedge | 2014-01-19 19:34 | Comments(0)

仮設住宅でのペットを容認して欲しい

 東日本大震災の被災者の皆様が入居する災害公営住宅(復興住宅)で、犬や猫などのペットを飼育できる部屋が少ないことに、住民らから不安の声が上がっているという。
愛くるしいペットの笑顔に心が救われる。一家は復興住宅への入居を希望するが、市はペットの入居を認めるか検討中という冶自体が多いようだ。
大船渡市では、内陸部の猪川町内に建設予定の1棟27戸に限りペットの入居を認め、希望者を募っているそうだ。

釜石市は以前は飼育を隣人への「迷惑行為」と見なしていたが、住民の強い要望を受け方針を転換し、昨年12月に飼育要綱案をまとめ入居を認める事にしたという。市の担当者は「ペットが飼い主の心の支えの一助になると気付かされた」と話しているという。
100CLUBのお客様から、被災地近隣の地区では、多くの犬たちがPTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥ってしまったという情報がもたらされた。
その上飼い主から離されてしまうことでは救いがない。
幸い保護されて新しい飼い主さんに巡り合って、幸せな生活を取り戻した子たちもいるだろうが、まだ多くの犬たちがシェルターにとどまっている状態だ。
その中には、飼い主さんが分かっているのだが、仮設住宅での飼育が禁止されているため一時預かりという形でシェルターにいて、そういう子たちの中には、未だPTSD
に苦しんでいる子たちも多いと聞いている。

無論、PTSDに陥っているのは人も同じで、程度の差はあるのだろうが、互いに身を寄せ合う環境を整えることで、心を支え合うことが出来るのではないかと考える。
犬や猫たちを保護するどころじゃない人もいるだろうが、ペットと一緒に暮らすことで救われる人たちもいることも事実だ。
飼い犬や猫たちでなく保護することでも良いのではないか。
復興の遅れは目に余るものがあると思っているが、各冶自体も、被災差の皆様に対する多様できめ細かな、人間個々に寄り添った対応をしてもらいたい。
もうすぐ、3年も経ってしまうのだから。
by threewedge | 2014-01-13 13:15 | Comments(0)

ディンゴを山に放ってみよう

一人の人間が、知っていることと知らないことを比べてみれば、知らないことの方が何万倍も多いのだろうと思っている。
だから、ものが分かっているような、いわゆる知ったかぶりを言わないように気を付けているつもりなのだが、一言も二言も口数が多いのが悪い癖で、ついつい余計なことを言いがちなところを改めていきたい。

今日、朝早く、といっても午前二時頃、オーストラリアのディンゴを取り上げたBBCドキュメントをみて驚いてしまった。
オーストラリアでは、放牧している牛や羊を、野犬のディンゴから守るため、ディンゴフェンスなるものを5000キロ以上もの距離に敷設しているというのだ。
日本列島がおよそ3300キロなのだから、それを往復するようなフェンスが張り巡らされている。現代の万里の長城といっていいのかどうか分からないが、日本の小ささを思い知った感があった。

ディンゴフェンスの内と外、つまり牧畜側とディンゴ側とでは、動物の生態系がまるで変ってしまう。生態系の頂点に位置するディンゴが住む側では、あらゆる動物の自然の生態系が健全に保たれているのだが、牧畜側では外来動物の兎や在来種のカンガルーなど、草食動物が増え過ぎ人間が駆除しなければ砂漠化が進んでしまうことになり牧畜の餌も脅かされることになってしまう。その被害は甚大なもののようだ。

ただし、ディンゴフェンスのあるすべての地域がこのような理想的な環境にあるということでもなく、ディンゴが増えすぎた場合などは毒物や銃器による駆除も行われているようだ。
また、マレンマーノ・シープドッグという真っ白な大型犬で、狼からでも羊を護るという能力を持った犬を導入することで、ディンゴから羊や牛を護っている姿も紹介された。

それにしてもディンゴは魅力的な犬で、飼えるものなら飼ってみたいと思ったが、それよりも、今、日本の野山には鹿と猪をはじめ草食動物が爆発的に増えてしまい、その被害がとんでもないことになっている。
そこで提案なのだが、オーストラリアからディンゴを輸入して日本の野山に放してみたらどうなのだろうか。山には獲物で溢れているのだから、間違っても人間を襲うことなどないだろう。山神様の復活で、日本の自然が再生するのではないだろうか。

オーストラリア・ディンゴを日本の山に放つ運動を真面目に考えてみる方おりませんか。
by threewedge | 2014-01-10 16:22 | Comments(0)

人は犬より鈍いかも知れない

青森県北里大学の獣医学部の学生さんが中心となって、犬や猫たちの里親探しの活動を描いたTVのドキュメンタリーをみた。「北里しっぽの会」という。
このような活動は全国で展開されていて、100CLUBのお客様にも保護犬を飼育している方が多くいらっしゃる。
このTVでは、精神的ストレスで人に対して異常に恐怖心をもち、散歩すらままならない柴犬を、学生さんが一時自宅に引き取り、根気強く正常な状態に立ち直らせ、里親さんに引き渡せるまでの努力が描かれていた。

100CLUBにみえるTさんが保護されたKAI君も大変なビビリ犬で、Tさんも大分手を焼いていたご様子だったが、Tさんの努力の甲斐あって少しずつ人馴れしてきた。今では2頭目の保護犬TAKU君と毎日散歩三昧で順調そのものだ。

犬も人と同様で、その性格は様々だと思うが、平均的にいえば人より余程鋭敏なところがある。
ある動物学者に話を聞いたのだが、人の場合、特に都会で生活していると、その人口密度の高さに驚くばかりなのだが、動物だとこのような密度にはとても耐えられないという。したがって自然界での哺乳動物は、おのずと密度を調整しているのだ。
とてつもない嗅覚をもつ犬などは、毎日の通勤ラッシュと同じ環境におけば発狂してしまうかも知れない。
そのような都会で人と暮らす犬たちは、そもそも環境が劣悪なのだから、そこのところを承知してケアしてあげることが大切なのだと思う。

余談なのだが、麻布にお住いのAさんが飼育しているドーベルマンのアリスは、花火の音にビビッてしまうため、その晩は100CLUBのショップに避難してくるほどなのだ。ある時、例によって花火を避難してショップにみえたら、ドーン、ドーンという音が響いてきて、アリスがビビリまくってしまった。驚いたAさんは、この音は何ですか?というので、今日は多摩川の花火大会ですよと伝えると、いやぁ~こまったなぁ~、何処へ行ったらいいだろうと、頭を抱え込んでしまったことがある。

犬の気持ちになる、あるいは分かるということは、人間よりはるかに鋭敏な神経をもっている相手だということを忘れてはならない。
もし犬より勝っているところがあるとすれば、狡賢いことばかりを企む脳を持っているところくらいじゃないだろうか。
犬に学んだ方が少しはましな人間になるのかも知れない。
by threewedge | 2014-01-08 19:36 | Comments(0)

犬と一緒の初詣

大晦日、2日、そして今日4日と病院で、正月気分もあったものではないが、ようやく今日が仕事始めで、いつもの調子に戻ることができる。

今年は、これまでどうしても抵抗があったクレジットカードによる決済がスタートする。
これまで100CLUBの通販は、商品が届いてから、コンビニ、銀行振り込みなどによる後払いシステムだった。
どうしてそうなのかといえば、自分の様な年寄りは、商品も届かない内から先にお支払いいただくということがどうも納得いかないのだ。今でも自分がネット通販を利用することが出来ない始末なのだから、販売する立場でもそのようなシステムにすることに少なからず抵抗があったのだ。

ところが、このシステムだとお客様がコンビニか銀行に行ってもらうよりなく、面倒なことをお願いすることになり、不評を受けることもあったことは事実だ。
口うるさい若い友人からは「馬鹿じゃないのか!」とまで言われたのだが「馬鹿で結構だ」と受け流していた。

今回、クレジットカードによる決済を導入したことで、これまでのお支払方法の選択肢が一つ増え、ご都合のよろしい方法でお願いするのだからと、ようやくのこと納得がいった。

話は変わるが、昨日初詣に近所の八幡様に行ったところ、犬を抱いた参拝客が多かったのには驚いてしまった。
初詣に限らず、神社、仏閣によっては、犬を連れて入ってはいけないところもあると聞くが、世田谷八幡神社ではそれを許しているようで、とにかく沢山の犬連れの方に出会った。
ここまで書いていたら、今しがたお客様がみえられ、やはり愛犬を連れて初詣に行ってきたとおっしゃっていた。
出だしからこのようなことなのだから、今年も犬にまみれた生活に明け暮れるのだろうと、あらためてこんな楽しい仕事に恵まれたことを犬神様に感謝しなければならないと思っている。
by threewedge | 2014-01-04 16:55 | Comments(0)

犬(猫)がいるから生きられる

過ぎてしまったこと、終わってしまったことについては、それを振り返らない性格なので、昨年、一年間書き続けたこのブログも、およそ200日分くらいあるのだと思うのだが読み返したりはしない。
そんなことをすれば、恥じ入る余り今年は続けられなくなってしまうに違いない。
したがって、一度話したことをまた書いてしまうようなことがあるかも知れないが、そこのところは最初から謝っておかねばならない。

正月の新聞をパラパラ読んでいると、東日本大震災で息子さんと夫を亡くした79歳の女性が、今、14歳になった犬と暮らしていて、生きた証しとして短歌を詠んでおられるという記事に出会った。
心の支えとなった愛犬に関わる短歌2首をご紹介したい。

「愛犬に 亡き子夫を話す時 尾ふりすりよる話わかりて」
「仏前の 朝のおつとめする時は 愛犬の無事も切にお願いす」

犬たちと暮らしている方々には、この短歌に描かれた光景は目に浮かぶであろうし、歌詠みの気持ちにも納得されると思う。

アルベルト・シュバイツァーの言葉がある。

「人生の苦悩からの逃げ道は二つある。音楽と猫だ」

シュバイツァーは相当な猫好きだと言われているが、それは犬と置き換えても同じことで、そのどちらも今や人間にとってますます欠かせない存在になっているのではないだろうか。
私たちは、それだけ悩ましい時代に生きていることになるのだろうが、犬なり猫なりと話をしていれば何とか生き抜けるものだと、自分はそのように思っている。
また、人生の苦悩などというものは、シュバイツァーの時代も今の時代も、もっと言えば有史以前から人間という動物の基本概念なのだから、そこから逃げ出すには人間をやめるより手がないことになる。
手がないことを考えることに意味はない。
最近、それほど人間やっているのも捨てたもんじゃないと思うようになってきた。
音楽があって、犬や猫たちがいるのだから。
by threewedge | 2014-01-02 21:13 | Comments(0)