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イヌやネコたちと共に暮らす人々と100CLUBとの日々


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竣介ブルー

今日を外すと終わってしまうところだった「松本竣介生誕100年記念展」を観に、世田谷美術館に出掛けた。
自転車で、たった5分もかからない美術館に、しかもこれほどの至宝ともいえる美術品が並んでいるのに、もしこれを観はぐってしまったとしたらもう生きてる必要もない。
平日にもかかわらず、じっくり観るには人が多すぎるほどで、松本竣介ファンは相当なものだなぁと感服した。

松本竣介の「・・・・・絵の静かさ、美しさは、彼が聾者だったといことではなく、突然、聴覚を失うことになるという残酷な運命を、自分のものとして甘んじて受け容れた(実際、それ以外にどうしようがあっただろうか)彼の、その運命への従順さに由来するのではあるまいか」
これは私の師、洲之内徹の言葉なのだが、作品ごとに繊細な感性が溢れ、それが会場全体に静粛な音楽が流れているような空気を漂わせている。

仙台の宮城県立美術館の「洲之内徹コレクション」からも名品数点がきていて、懐かしい想いと、こういう作品が作られていた時代への郷愁の念にかられた。
竣介ブルー_d0290407_20141089.jpg

by threewedge | 2013-01-11 20:16

小商人の精神

物心が付いてからこの歳まで、身に染み付いてしまっていて、そのことから容易に変化を求める事が出来ない幾つかの事がある。

その内、三点ほどについて言うとしたら、一つは犬であり二つはジャズである。
そして三点目は小商人(こあきんど)根性だ。

田舎町の職住が一体になった商家で育った環境は、朝から晩まで、そして週休も無く働きずくめの両親の姿を見て、10歳も離れた兄が夢中で聞いていたジャズを耳にし、そして私の遊び相手にはスピッツの仔犬が与えられたのだ。

ジャズと犬の話はおいおいお話しするとして、この小商人根性というのがどうにも消せないくせになっている。
正月以外、年中無休で店を開いていて休む暇も無い。自分はそれでいいとしても、一緒に仕事をしている家族やスタッフはたまらないものがあるようだ。

とにかくお客様、犬や猫たちに対して、ものが必要なときに応えられないとしたら商人として失格だと思っているので、仮に休んでいたとしても困っている方がいらっしゃるのではないかと気が休まることが無い。

現状、この業界では「倫理の低下」が巻き起こっている。
小商人としては、どこまでもお客様は神様である以上、これまでのあり方を見直し、一日も早い正常化と進化を求めて徹底して頑張らねばならない。
「ヨイトマケの唄」のエスプリと変わりない。
by threewedge | 2013-01-09 11:09

さあ、仕事が始まった

RAW FOOD(生食)は馬肉に限定されると提唱してきたことは今後もまったく変わることはない確信だ。
しかし馬肉にも国産、輸入馬肉とある。
以前から再三、国産馬は食用に飼育されているのではなく多くは競走馬の廃馬、もしくは競走馬になれなかったサラブレットが食用にされる。
昨年、牛肉を生で食べること、いわゆるユッケが、そしてレバ刺しが販売禁止になった。
このことで馬なら安全だということで、馬肉のユッケやレバ刺しが商品化され多く出廻るようになった。
そこで、もともと食用には飼育されてはいないため品薄状態の国産の馬肉までもが超品薄状態になり、当店でも多くのお客様に大変なご迷惑をお掛けする深刻な事態に立ち至った。

そこで、犬や猫たちに生馬肉を与えるべきと、日本で最初に商品化した、いわば言い出しっぺの立場としては、安定供給という重大な責任が果たせないことに対して手をこまねいている訳にはいかない。

何としても今月中には国産に加えて従来の食用輸入肉を再販売しようと手を尽くしている。
また、鹿肉や猪肉の良さも大いにアピールしてこれまで以上に、犬や猫たちの食生活を充実したものにしていきたい。

そんなことを考えていると、ほとんど夜も眠れない。
そして、半年ばかり止めていた煙草も吸い始めてしまった。
.
by threewedge | 2013-01-07 17:40

寒さで思い出したこと

今年の冬は寒さがきつい。
夜、8時までショップにいて、それから家に帰るまで10分強、自転車に乗って帰るのだが、相当に勇気を持って飛び出さないと一気に帰り着くことが叶わない。
去年の12月の気象データによっても例年より1・5℃前後低温だったということだし、雪国の積雪量もいつもの何倍も大量の降雪に見舞われているらしい。

雪といえば、昔、絵の仕事をやっていたとき、長野県北安曇郡美麻村高地という廃村に住んでいた「若栗玄」という画家と交友があった。
ある年のひどく雪深い日、若栗宅に幾日か泊めてもらったことがある。

若栗宅の家の縁側から見る、深い谷をはさんだ向かいの急斜面は真っ白な屏風絵のような景色だった。
若栗さんの奥様が、「毎年雪が降ると、人間はきれいに洗い流されるのですよ」と言った。
若栗さんは「この時期になると兎をねらって鉄砲撃ちが来る。撃たれた兎があの斜面を転がり落ちるのだが、その獲物を放置したまま帰ってしまうんだ」

この寒さにふと昔の1シーンを思い出した。
寒さで思い出したこと_d0290407_20575234.jpg

by threewedge | 2013-01-06 18:40

敗者こそが美しい

正月3が日のうち2日は病院で過ごす。
この生活は一生続くのだから、それ自体辛く憂鬱なこととして捉えても仕方が無いので、むしろ病院に行くことが楽しくてならないと思えるような精神環境を設定をしている。

今日は、箱根駅伝の復路で日体大が優勝。
その後、高校サッカーの中継もあった。

このようなスポーツも、いわば勝負事なのだが、常に敗者の姿こそが美しい。
ここのところが群れの動物社会と人間との違いなのかもしれない。
動物社会ではトップに君臨するものが圧倒的に美しい。

人間がその座を目差し成し遂げたとしても、どうしてこうまで醜くなってしまうのだろうかと思えることが大方の現実だ。
by threewedge | 2013-01-04 15:51

贖罪の一日

年に数日しかない、フリーの一日。
倅から、珀と雪を連れて多摩川に行かないか、という提案があった。
毎年、決まり事だから取りあえず出掛ける初詣を済まし、「珀」と「雪」を車に乗せ、去年、多摩川わんわん倶楽部の方たちに誘われバーベキューをやった辺りに行ってみた。

日頃、私が犬を引けなくなったため、犬にとって絶好の環境に連れ出すことが出来ず、毎日残酷かも知れない飼育に終始している。
そのことを今日改めて思い知らされた。

多摩川の広い河原に放すと、いつもの拍、雪の様子とまるで見違える反応に胸が詰まった。
何と、あのもっさりとした拍が、この寒さをものともせず多摩川に入り込んでいく。
歩くのではなく、走るのだ。
この姿は、「虎」、「桜」、「珀」という秋田犬の三頭が揃っていた時には日常の風景だった。

飼い主がこけると、本当に犬はみじめな事になる。
犬は犬だけでは成り立たない。犬は飼い主がいてこそ犬なのである。
そういう意味で、犬の運命、その生命の全ては飼い主に握られているのだということを、この正月、嫌という程思い知らされることになった。
贖罪の一日_d0290407_148348.jpg

by threewedge | 2013-01-02 20:38

新しい年をまた頂いた

待ち望んでいた雑煮をいただいてから病院。
また夜には餅が食いたい。
私は正月に限らず年がら年中餅が食べていたい。
一年中餅でも文句は言わないと思う。

最近は、とにかく食い意地が張ってきたこと甚だしく、四六時中食べ物の話をしていてひんしゅくを買っているのだが、自分では、歳と共にどんどん犬に近づいてきたのではないのかと思っている。
これまでは人間の皮を被っていたのだが、歳のせいで、それを被り続けることに精も根も尽き果てて、動物化してきたのではないだろうか。
動物は生きることの全てが「食べる」という行為であり、ごく一部の者だけが種の保存の大役を背負っている。

私などは、元来、種を保存するような大役を宿命付けられている訳ではないので、考えてみれば昔から喰いものには意地汚かったのかも知れない。

今夜は、また餅が食べられるだろうが、喉につっかえないよう気をつけねばならない。
また新しい年を頂くことが出来たのだから、とにかく食べまくって、そして元気を出していきたいと思う。
新しい年をまた頂いた_d0290407_23293454.jpg

by threewedge | 2013-01-01 18:44